浦和地方裁判所 平成8年(行ウ)27号 判決 1997年4月21日
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、加須市に対し、金二四億七三〇万八〇〇〇円及びこれに対する平成八年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を返還せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告の答弁
1 本案前の答弁
主文同旨。
2 本案に対する答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告らはいずれも加須市(以下、「市」という。)の住民であり、被告は加須市長の職にある者である。
2 本件公金支出とその違法性
市は、加須市南大桑に市立加須平成中学校(以下、「本件学校」という。)を建設し、その建設のため二四億七三〇万八〇〇〇円を支出した(以下、「本件公金支出」という。)。本件学校の建設は平成八年三月末日に完成し、同年四月一日開校した。
しかし、現在及び将来増加が見込まれる生徒数に鑑みれば、本件学校を設立する必要は全くない。すなわち、大桑・水深両地区の市立中学校として既に市立加須東中学校(以下、「東中学校」という。)が存在し、本件学校は東中学校の分離校として建設されたものであるが、東中学校は平成六年三月に収容人数一〇八〇人の規模になるよう約三四億円の予算を投じて増改築整備されたばかりであり、しかも平成八年四月現在大桑・水深両地区の生徒数を合計しても八八八人にしかならないから、東中学校だけで収容規模としては十分に足りる筈であり、新たに収容人数六四〇人の本件学校を設立する必要は全くない。また、今後一二年間における大桑・水深両地区の児童数をみても、平成一四年度の入学予定者九九一人をピークに減少傾向にあり、平成二〇年には八七七人となる見込みである。今後区域内の中学生が六〇〇人以上増加するためには、四〇〇ヘクタール以上の開発がなされることが必要であるが、そのような大規模な開発を行うことは現実的に不可能である。したがって、本件学校を設立し収容人数を増やすことは、現在のみならず将来においても、その必要性がない。被告の真の目的は、東中学校の北側校庭用地を売却して利益を得ることにあり、被告は、右売却によって東中学校の敷地が狭くなってしまうことに対する住民の批判をかわすため、本件学校を設立したものである。
以上のとおり、本件公金支出は、地方公共団体はその事務を処理するに当っては最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならないと定めた地方自治法(以下、「法」という。)二条一三項に反し、違法である。
3 本件監査請求
原告らは、平成八年八月一二日、法二四二条一項に基づき、市監査委員に対し、本件公金支出につき、市の一般財政に返還する措置を講ずるよう監査請求をした(以下、「本件監査請求」という。)ところ、市監査委員は、平成八年九月五日付けで、原告らに対し本件監査請求を却下する旨の通知をした。
4 よって、原告らは、被告に対し、第二四二条の二第一項四号に基づき、本件公金支出に係る二四億七三〇万八〇〇〇円を市に対して返還することを求める。
5 被告の本案前の主張に対する原告らの反論
原告らが平成八年六月二八日に本件公金支出について市監査委員に対し監査請求を行ったこと、及び市監査委員は同年七月一二日付けで右監査請求を却下したことは認める。しかし、本件監査請求を一時不再理の原則により却下する理由はないから、本件訴えの出訴期間については、本件監査請求に対して監査結果の通知がなされた平成八年九月五日を基準とすべきであり、したがって、本件訴えは出訴期間を徒過したものではない。
二 被告の本案前の主張
原告らは、本件公金支出について、平成八年六月二八日、市監査委員に対し監査請求を行った(以下、「前監査請求」という。)。したがって、本件監査請求は、前監査請求と同一の内容について行われた再度の監査請求である。
同一の住民が同一の財務会計上の行為又は怠る事実について監査請求を繰り返すことは許されず、もしそのような請求を繰り返し行った場合には、法二四二条の二第二項に定める出訴期間は、最初の監査請求に対する監査の結果が通知されたときを基準として決定される。本件において、市監査委員は、平成八年七月一二日付けで前監査請求を却下し、右監査の結果の通知書は同月一三日に原告らに到達したから、これに関する住民訴訟の出訴期間は、同日から起算して三〇日間である。ところが、原告らが本件訴えを提起したのは平成八年一〇月三日であるから、右出訴期間を徒過しており、したがって、本件訴えは不適法である。
仮に右監査結果の通知が法二四二条の二第二項一号にいう「監査の結果」に当たらないとしても、その場合には、同条二項三号にいう「監査委員が請求をした日から六〇日を経過しても監査又は勧告を行なわない場合」に該当するから、当該六〇日を経過した日から三〇日以内に住民訴訟を提起しなければならないのであって、その出訴期間は、前監査請求の日である平成八年六月二八日から起算し、同年九月二六日までである。
したがって、本件訴えは、やはり出訴期間を徒過しており、不適法である。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、市が公金を支出して同市大桑に生徒収容能力六四〇人対応の本件学校を建設し、同校が平成八年四月一日に開校したこと(ただし、支出の額は二四億七三八万七〇〇〇円である。)、東中学校は東中学校総合整備計画に基づき整備され、その整備は平成六年三月に完了したこと、東中学校と本件学校の生徒数の合計数は、平成八年四月当時において八八八人であることは認め、その余は否認ないし争う。なお、東中学校総合整備計画は、東中学校の生徒収容能力を八四〇人とする計画である
3 同3の事実は認める。ただし、本件監査請求は前記のとおり再度の監査請求に当たる。
4 同4は争う。
理由
一 原告らが平成八年六月二八日に前監査請求を行い、市監査委員は同年七月一二日付けで前監査請求を却下し、原告らが同年八月一二日に本件監査請求をし、市監査委員は同年九月五日付けで原告らに本件監査請求を却下する旨の通知をしたことは、いずれも当事者間に争いがなく、前監査請求の結果が平成八年六月二八日に原告らに通知されたことは、原告らにおいて明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
二 右のとおり、前監査請求及び本件監査請求ともに却下されており、原告らの右各監査請求が不適法であれば、本件訴えは、適法な監査請求を経ていないこととなり、引いて不適法となる。
(一) そこで、右各監査請求の適否を検討すると、甲第一四号証、乙第一及び第二号証によれば、次の事実が認められる。
(1) 前監査請求の監査請求書には、表題として、「加須市立加須東中学校の分離校は建設する必要があったのかの監査請求書」、監査を請求する理由として、「東中の分離校を三一億円の公金を投じて建設する必要はなかったと考えられる。故に分離校建設は正当であったのかの監査を請求する。」と記載され、その具体的な内容として、「一四〇〇名は対応できる東中なのになぜ公金を投じて分離校を建設したのか。」「監査の結果作る必要はなかったとなれば東中分離校の建設費用三一億円を加須市一般財政への返還を請求するに当たりどの人物にどのように三一億円の賠償を割り振ればよいのかの人物の特定と金額の特定の監査。」と記載されている。
(2) 本件監査請求の監査請求書には、表題として、「加須市立加須東中学校の分離校は建設する合理的理由があったのかの監査請求書」、監査を請求する理由として、「三五学級、一四〇〇人迄対応できる規模の用地面積があるのであるから、東中の分離校を三一億円の公金を投じて建設する必要はなかったと考える。故に分離校建設は正当であったのかの監査を請求する。」と記載されている。
(二) 右認定の事実によれば、前監査請求及び本件監査請求ともに、本件支出のなされた日時、行為者等を明記しておらず、当該行為の違法性あるいは不当性の主張も詳細になされているとはいえないが、その全体の趣旨から、本件学校建設のための公金支出が不必要なものであることを理由として、その正当性について監査を請求することは明確であり、前監査請求においては関係職員にその建設費用の返還を請求する意向も示されており、したがって監査請求の対象の特定性に欠けるとはいえないから、前監査請求及び本件監査請求は、いずれも財務会計上の行為を対象とする適法な監査請求というべきである。
三 ところで、前監査請求と本件監査請求は、右のとおり本件学校建設のための公金支出という同一の財務会計上の行為を対象とするところ、同一住民が先に監査請求の対象とした財務会計上の行為又は怠る事実と同一の行為又は怠る事実を対象とする監査請求を重ねて行うことは許されないから、本件監査請求は右理由のみによっても不適法であり、したがって、本件訴えに関する出訴期間は、前監査請求を基準として、これを決定すべきである。
然るところ、市監査委員は、前記のように同年七月一二日付けで前監査請求を却下したのであり、甲第一五号証によれば、右却下の理由は、前監査請求が一般的な行政運営を対象としており、それ故不適法であるということであると認められる。しかし、前監査請求が適法であることは、前記のとおりであるから、市監査委員が、右のような理由で実体に立ち入ることなく前監査請求を却下したことは不適法であり、したがって、前監査請求については、監査委員による監査又は勧告が行われていないこととなる。そこで、このような場合には、原告らは、法二四二条の二第二項三号により、前監査請求をした日から六〇日を経過した日から三〇日以内、すなわち平成八年九月二六日までに住民訴訟を提起しなければならなかったものである。ところが、原告らが本件訴えを提起したのは平成八年一〇月三日であることは、当裁判所に顕著な事実であるから、本件訴えの提起が法二四二条の二第二項三号に定める出訴期間を徒過していることは明らかである。
三 よって、本件訴えは、その余の点について判断するまでもなく、いずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。